通勤時。

2017年7月10日

梅雨の頃、フライング気味な蝉が出て来たかと思ったのも束の間、昨晩なんかは鈴虫っぽい音を聴いた今日この頃。先取り過ぎるのも考えものだなーなどと考えてはみましたが、常に後手な自分を思えば先駆者に対する嫉妬なだけかもしれません。
そんなこんなで毎日ジメジメしておりますが、皆様いかがお過ごしでしょうか?
只今スタジオのエアコンが壊れておりまして、かれこれ 2週間ほどサーキュレーターだけで過ごしております。
20世紀最大の発明には何と言っても「ビバ! エアコンヾ(๑╹◡╹)ノ”!」と声を大にして叫びたいくらいなので、この状況が如何に不快か御察しの通り。
何かの修行のような過酷さ…それも今週で終わりを迎えられそうです。

さてさて話はぶっ飛んで、わたくし毎日通勤時は車でラジオを聞いているのですが、先日は3つある局からNHK-FMを選択。流れていたのは「ベートーベン 交響曲第5番」。そう、言わずと知れた「運命」です。

wikiっ子な岩としてはこの辺も例に漏れず調べてみると、「運命」という名称は本来は無いそうで、日本での副題的な意味合いだそうな。海外でもこれに似たような呼び方はされるそうですが、現在は適当では無いとも考えられているらしい。
岩はこの曲がなんとも大好きで、いや、好きというよりも涙が出るくらい感動します。そんな岩にはこの副題はとてもしっくりくるのです。

第一楽章から第四楽章まで、全てを通して物語になっていると感じます。それらが全て繋がって表現しているのが、

この世とは?
人生とは?
そしてそれらの意味とは?

・・・とまあ、壮大なスケールを感じるのです。

特に第三楽章から第四楽章へ移る時。
(以下、岩の想像)

耳が聴こえず不自由になったにもかかわらず、それでも作曲を続けるベートーベン。
辛い。これで曲が書けているのか。生きている価値があるのか。
しかしそんな生活の中から、少しずつ何かに気付き出す。

いつもの帰り道、ふと見上げると曇った空に列をなして飛ぶ鳥の群れ。にわかに雨が降り出し雨宿りに隠れた街路樹。雨を葉に受け、それらが雫となり大地を潤して行く姿を見る。そして足元にはレンガの隙間から必死に生きようと根を張り、更に上へと伸び上がる雑草。瞬間、雲の切間から筋となった太陽の光がその雑草を照らす。

こんな雑草でさえも必死に生きようとしている。全ての物がそれぞれの使命を帯びて生きている。

鳥も木も草も、そして雲でさえ生きていると感じる!

命ある全ての物が、その命を全うさせるべく生き抜いている!!

この世はあらゆる命で満たされている!!!

そして自分のこの命。
耳は聞こえなくなったが、この世の真理に気付き私は今感動している!!!!

私は生きている!!!!!

私は感動している!!!!!!

これが人生なのだ!!!!!!!

それらに気づいた瞬間が、第三楽章から第四楽章へつながる、あの極限まで圧縮されたものが一気に解き放たれる旋律!
全ての生命が、この世の真理へたどり着いたベートーベンを祝福している!

・・・とまあ、こんなことを感じるのです。

実際、運転しながら号泣しましたし。

ほんとに・・・素晴らしい。

皆さんもあらためて聴いてみてください。

ちなみにこんな映画を見てみたい。
そんな映画あるのでしょうか?
知ってたら教えてください!

岩でした。